liddell coffee house リデルコーヒーハウス

【大切なお知らせ】2022年1月2日から、 次のように店の方針を変更しています。「 3名様以上の人数でのご来店は、お断りしています。」 つまり1~2人で、ご来店ください---ということです(3人以上で座れるお席はございません(_ _))。実際のところ、今は90%くらいが「おひとり様」のお客様です。

2016年12月

昨晩、最終回を迎えた「逃げ恥」。テレビドラマではどーなるんだろう? と思って昼間からネット検索をしていたら、Yahoo!JAPANのトップページ「あなたへのおすすめ」がこんなふー(↓)になってしまい・・・・( ^.^)( -.-)( _ _)。

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「逃げ恥」ばかり上位独占状態。これじゃぁ、「見たいものしか見えない」というネットの陥穽にハマってしまいますぜ。

気を取り直して(^_^)、【逃げ恥 思考実験】として「ポチッ!」となをしてみると、同じふうにこのドラマを見ている人がいて、それも「ドラマ評論家」なる肩書きの人の文章がヒット。



さらに、ジェーン・スーさんも自身のラジオ番組で原作者の海野つなみさんへのインタビュー中、そーゆーふーな指摘をしています(こちら)。

今週月曜日には、NHK「朝イチ!」に海野つなみさんが登場し、次のように発言されたとか(デイリースポーツ 12/19(月) 13:45配信 より)

有働アナからは“逃げ恥”で描いた“契約結婚”という恋愛と結婚観について問われると、

「このシステムの方が実際の結婚で、どっちかに比重がかかるよりもいいんじゃないかという反響をたくさんいただいた。

結婚生活を仕事として見てみる視点が入ることで、いろんなものが見えてくる」と話し、

「結婚生活として見るのではなく、会社として見ていると、ひとりに比重がかかっている状況はあきらかにおかしいですよね。

全体の利益を考えたときに分担するか、外注するか。

回っていかないのは、仕事としてみれば分かるんじゃないですか。

でも、家庭だと誰かが我慢しなくてはならないという話になっちゃう。

そこが仕事として捉えると分かりやすくなる」

最終回では、「夫婦は共同経営責任者」として次のような展開(↓)。

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「真田丸」のパロディ、バックは六文銭(五円玉だけど)。

ただ、businesslikeには割り切れない「愛情」をどう収斂させていくか---それがドラマの最終場面への伏線になっていました。

主人公のみくりさんはドラマの最終回で、タウン誌のライターという職を得て「お外(社会)」と接点を持ち、青空市のプロデュースもコンサル的に携わり、平匡さんからの経済的な自立を果たします。

平匡さんもリストラ後の再就職先で、お金ではなく、自分にとってのやりがいという物差しで就職先を選択。

こーして「303カンパニー(みくり・平匡夫妻)」では、システムの再構築が今後も定期的に行われていくことになります。

先述の、ドラマ評論家・成馬零一さんの文に、この「システムの再構築」について、次のような指摘があります。

-------------引用開始

『逃げ恥』の夫婦を雇用主と従業員に見立てて、家庭内労働に対して対価を支払うという思考実験が面白く見えるのは、グローバル化に伴い流動化している労働環境に核家族制度自体が適応不全を起こしている中で、今の時代にあった夫婦の有り方を模索しているからだ。

その意味で劇中で語られる「システムの再構築」とはみくりと平匡の関係だけでなく、今の社会における結婚制度の見直しという側面も大きいのだろう。

-------------引用終了

文章の最後では、「今の社会における結婚制度の見直し」というところまで、敷衍。

確かに制度疲労していることは誰もが実感していて、配偶者控除の103万円の壁と130万円の壁になる社会保険などは、「世帯主である男性と専業主婦である配偶者、子ども2人からなる家族を標準世帯」として、社会の制度設計をした高度経済成長期の残滓です。

経済環境の変化と共に、それに適応していかなくてはならない大多数の人は(特にみくり・平匡世代)、この2人の契約結婚という実践を見守りながら、同時に応援していたんだと思う。

あっ、そーそー原作のほうも今週末12月24日発売の「KISS」で最終回だそうです。

単行本第8巻の巻末に、次のようなコマ(↓)。

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みくりさんの服装と「お先に」という台詞から、だいたい予想はつきますね(でも最終巻となる第9巻の発売は来春か(x_x)。)


なんか、散らかった文章のBLOGですが、たぶん「逃げ恥」は見た人みんなが、語りたくなる---そんなテレビドラマだったんだと思います(あ~ぁ、第1話だけ録画できなかったことが悔やまれます(;。;))。


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今日の南アルプス(↓11:00撮影)。12時には漸く霧が晴れました。

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今日のストームグラス(↓)。

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信州を愛する大人の情報誌「KURA」、2017年1月号が昨日届きました(公式には今日が発売日です)。

特集が「日帰り温泉 New Style」とあったので、私は温泉好きということもあり、目を通してみると・・・・・・・。

いやはや、いやはや( ^.^)( -.-)( _ _)(x_x)。

では、恒例のチェック、いきま~す(↓)。

1つめ。

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「ゆ~とろん水神の湯」は国道20号線沿いには立っていません。

そもそも「建っている」だし、国道から500~600mほど南下して、富士見パノラマスキー場方面へ行った場所にあります。それでも国道沿いと言うんだろうか?

きっと、現地まで行って取材なんかしてませんよ、この記事。

2つめ。

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当店のお隣の温泉施設、図中に2つ同じ施設名が示されています、それも、赤文字と黒文字で。

これもちゃんと現地取材してませんよ。

黒文字の「湯ケ洞 御大の館」と赤文字の「信州たかもり温泉 御大の湯」は、同じものなんですから。

3つめ。

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文中に「東御市」と「東部町」が混在していて、わかりづらいです。部町と北牧村が合併して東御市になったことを知ってはいても、この文中にいきなり「東部町の丘陵地帯」と表現されても、ねぇ。知らない人が見たら、???です。

4つめ。

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これって、順番が逆でしょ。湯田中温泉が先にあって、そこへのアクセスで長野電鉄・湯田中駅が作られた---なんせ、開湯は7世紀って自分で書いてるんだから。

5つめ。

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単純な誤変換(^_^)。

「ガラス戸が降るオープン」(想像しただけで、ホラー感ありo(^-^))。 正 「ガラス戸がフルオープン」。

6つめ。

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「背品」????? → 正 「製品」。単純なタイプミスでしょう。

実は2016年12月号にもミスがあったんだけど、あまり面白くなかったのでスルーしました(^_^)。

(ただ温泉入浴について、読者プレゼントが沢山あるのはヾ(^v^)k。---掲載してやるから、プレゼント出してよ的な感じかな???)


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今日の南アルプス(↓11:00撮影)。

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今日のストームグラス(↓)。

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オ・マ・ケ(↓お客様から市田柿をいただきました。ありがとうございます)。

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本川さんのホームページより(↓)。

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高度経済成長期 → 第一次石油危機 までの年平均 9.1%

第一次石油危機 → バブル崩壊 までの年平均 4.2%

バブル崩壊 → 今も続く「失われた10年(が20年になり、さらに進行中)」 年平均 0.9%

こーして時系列で見てみると、時代の節目節目となった経済的な出来事が、社会環境の変化を生じさせ、それが我々のマインドをも変化させてきているように思います。

人間はその時々の状況に適応しながら生き延びていく---そのための生存戦略を、働き方やお金の使い方、時間の過ごし方等々、生活全般にわたって見直したり作り替えていく、そーゆーことなのでしょう。

因みに、「世代論」として括ると、こーゆーふーに(↓)切り取っている人もいました。

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ただ、良き時代の成功体験を血肉化している人もいて、そこから「今」を見ることから、現状とは乖離したトンチンカンなことを口にする場合も多いです。さらに、そーゆー人々はお歳と共にそれなりの「役職」に就いている場合も多く、そこを通さないと話が進まない---そんな悲劇もあるようです。

(湯浅誠さんのこの日の記事は、そーゆー時の乗り越え方(考え方)に言及していて、ためになります。)


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今日の南アルプス(↓11:00撮影)。

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今日のストームグラス(↓)。

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オープン以来、入口ゲート(アプローチ坂の下)にカラーコーンとコーンバーを設置してきました(今も、あります)。どうもカラーコーンは直射日光に弱いようで、これまでのどれもが同じところから「バキッ!」と割れてしまいまして・・・・(;。;)。

使えなくなったものの数、既に10個(さっき、数えました(^_^))(↓)。

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今回は、反省の上に立って(^_^)、お値段4倍のカラーコーンを購入(実際は、従来のカラーコーンにコーンベットもあわせると、2倍)。

こちら(赤)はカラーコーン+コーンベット一体型です(↓)。

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従来のカラーコーンの割れてしまっていた箇所も、均等の厚さで作られている(ように見えます)。ただ、お色が「赤」しかないこと、それがザンネン。

先日の続きです。野中先生は次のように「実践知」獲得のための処方を示しています。

-------------引用開始(強調BLOG主)

実践知を形成するための基盤の一つは経験である。

とりわけ重要なのは修羅場経験、そして成功と失敗の経験だ。

文脈は常に動いている。

「この文脈においては、この選択肢が最適だ」というジャストライトな判断をするためには、論理を超えた多様な経験が欠かせない。

また、どのような師と出会い、どのような関係を築いたか。

つまり、手本となる人物との共体験も、リーダーシップの形成に大きな影響を与える要素であろう。

ある種の徒弟的な関係のなかで、文脈を洞察する実践知が育まれるケースも多いように思える。

先ほど経験の重要性を指摘したが、もう一方では教養(リベラル・アーツ)も重要な要素である。

哲学や歴史、文学などを学ぶなかで、関係性を読み解く能力を身につけることができる。

また、レトリックは部下や周囲を共鳴させる力として有効である。

ギリシャ時代、レトリックは教養の重要な一部と考えられた。言い換えれば、弁論術や演説力である。

最初は乗り気でなかった人にも、演説を聞くうちに「ひょっとしたらできるのではないか」と思わせてしまう。

そんな弁論術も含めた政治力は、フロネティック・リーダーの重要な要素である。

ところが、陸軍大学校や海軍大学校が教養を重視していたという話は聞いたことがない。

それがバランスを欠いた指揮官を生み、バランスを欠いた戦い方につながった面もあるのではないか。

『失敗の本質』 野中郁次郎編著(2012) ダイヤモンド社刊 より

-------------引用終了

修羅場経験、そして成功と失敗の経験、論理を超えた多様な経験、手本となる人物との共体験、教養(リベラル・アーツ)も重要な要素、

最近はなるべく(↑)こーゆー、特に失敗や修羅場などは避け、挑戦しない無難な選択を選ぶことの方が賢い道である---先行世代から、特に身内からはそーゆーアドバイスが多いのではないでしょうか?

(最近の若い人たちは賢いので、加えて親思いだったりもするので、さらに素直だったりもするので、あまりにも多様な選択肢の中から選ぶのではなく、結果「無難」をチョイスしがち????)

「人生、山あり谷あり(でも、できることならば、山が多く)」のほうが、最期に振り返ったとき、思い返す大きさに違いがありそうな気もするんだが。

よく最期は「プラスマイナスはゼロになる」という人がいるけれど、いやいやどーして、そんなに上手くできてはいませんよ、世の中は(そーゆー人のために来世が用意されているんですか? いやはやいやはや、もう、それはオカルトですぜ)。


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今日の南アルプス(↓11:00撮影)。快晴無風。今朝の飯田の最低気温、-4.1℃。寒うござった。

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今日のストームグラス(↓)。これだけ天気がいいのに、結晶MAX。

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今月は2枚とも山本剛のピアノアルバム、それもTBMレコードです(高音質で高評価!)。

名作の誉れ高い、“Misty”(↓)。

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もう1枚は、“Blues for Tee”(↓)。

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こちらはライブ盤。“Misty”は演奏されていませんけど、録音をした場所が、東京・六本木のジャズクラブ“MISTY”(^_^)。ザンネンですが、もうありません。

(10月に六本木のIZUMIで山本さんの演奏を聴いてきました。そのときのベースが稲葉国光さん、御年82歳。お二人とも健康長寿であられんことを!)

名著『失敗の本質』から四半世紀、待望の続刊。

サブタイトルに「戦場のリーダーシップ篇」とついています。が、ビジネスもある意味、戦場なので、そして戦後連綿と続く、日本人と日本人がつくる組織の陥穽、これはいっこうに変わっていません。

で、

『戦略の本質』 野中郁次郎編著(2005) 日本経済新聞社刊---で、指摘していたダメな日本人とその組織の対極にあるリーダーとリーダーシップについて、野中先生が「はじめに」で、次のようにまとめています。

これが、山奥にある当店店主にとっても、市場という戦場に参戦するための、目から鱗の指摘なんです。

-------------引用開始

「戦略の構想力とその実行力は、日常の知的パフォーマンスとしての賢慮の蓄積とその持続的練磨に依存するのである。

戦略は、すべて分析的な言語で語れて結論が出るような静的でメカニカルなものではない。

究極にあるのは、事象の細部と全体、コンテクスト依存とコンテクスト自由、主観と客観を善に向かってダイナミックに綜合する実践的知恵である。

それは存在論(何のために存在するのか)と認識論(どう知るのか)、あるいは理想主義とプラグマティズムを、実践においてダイナミックに綜合する賢慮そのものであろう。

戦略の本質は、存在をかけた『義』の実現に向けて、コンテクストに応じた知的パフォーマンスを演ずる、自律分散的な賢慮型リーダーシップの体系を創造することである」

詳細は第一章に譲るが、フロネシスの中身を一言で言えば、個別具体の物事や背後にある複雑な関係性を見極めながら、社会の共通善の実現のために、適切な判断をすばやく下しつつ、みずからも的確な行動を取ることができる「実践知」のことをいう。

そうした知を備えたリーダーがフロネティック・リーダーだ。

『失敗の本質』 野中郁次郎編著(2012) ダイヤモンド社刊 より

-------------引用終了

当店経営では組織があるわけでもなく(人を雇っていませんし・・・o(^-^))、リーダーシップを発揮する必要に迫られたりもしません。

ただ、何か決断を下す時(1回ならず、その連続においても)、それはまさに「戦略の本質」を射たものではなければならない---そーゆーことがひしひしと伝わってくる一文です。

自分にはそれ相当の「実践知」が身についてきているのだろうか?

ふと、胸に手を当ててみるのでした。


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今日の南アルプス(↓11:00撮影)。

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今日のストームグラス(↓)。

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12月下旬のお休みは今のところ17、23、29、30、31日(続けて1月1日)の予定です。よろしくお願いいたします。
 【大切なお知らせ】   2015年1月2日から、 次のように店の方針を変更しました。    「4名様以上の人数でのご来店は、ご遠慮ください。」  つまり1~3人で、ご来店ください---ということです(ただ、3名様でお座りいただける席はひとつしかありません。ゴメンナサイ)。  理由は、 こちら をご覧ください。  ご理解をお願い申し上げます。

以前、こんなブログを書きました(こちら)。

コンビニは時代を映す鏡、であると同時に「地域を映す鏡」でもあります。

品揃え、ということではなく(そーゆー面もあるだろうけれど)そのコンビニを利用する皆さんの「社会的属性」とでも申しましょうか。

どーゆーことかというと、久しぶりにこーゆー(↓)「お客様へのお願い」表示を見たんですねo(^-^)。

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注目! 赤線箇所

コンビニの商圏は狭く、地域密着の側面があります(ロードサイドの場合は、出店指標が交通量に左右される面もあり)。

で、

こちら(↑)は立地がロードサイドではあっても、後背地に住宅街があることから、過去にそーゆーこと(深夜の集会!)で問題が発生したんでしょう。

深夜のコンビニの駐車場で集会をする人たちって、いったい・・・・・・・・。

地方はマイルドな人も含めて、ヤンキー比率高そうだし、仕組みそのものが「ヤンキー的社会システム」で成り立っているようなところがあるし・・・・・( ^.^)( -.-)( _ _)(x_x)。


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今日の南アルプス(↓11:00撮影)。快晴、今朝の飯田の最低気温は-3.7℃。

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今日のストームグラス(↓)。

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映画を見てから、その原作 『この世界の片隅で』 こうの史代著(2006~2008) 双葉社刊、を読みました(↓)。

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上巻と中巻の初出一覧のページに、今日のタイトルの文言があります(↓)。

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漫画アクションに平成18年から21年にかけて連載。ストーリーは昭和18年から21年まで。この昭和と平成の間には63年の隔たりがあり、それも意図しての連載だったようです。

フィクションの中だけど、登場人物が生きている背景は徹底したリアリズム。戦後生まれが戦時中の様子を描こうとしても、実体験はないので、どうしても史料や資料に頼ることになります。

でも、それには限界があることがわかっている著者の、歴史の前に謙虚である姿勢が感じられる一文。

このバックボーンには何があるのだろう?---こーゆー時に「ポチッ!」とな(Google先生にお願いo(^-^))。

-------------引用開始(強調BLOG主)

漫画を描き始めたのは中学生のとき。

「漫画を買っていると、お小遣いが足りなくなる。で、自分で描けば、自分で読めて、しかも自分の好きな話に描ける」と。

高校時代は美術部で油絵に熱中しました。

そのときの先生の言葉、「細部を丁寧に描け」「足で歩いて描きたいものを探せ」を今も指針にしています。

(略)

呉市の現地はもちろん、国会図書館に通い、当時の生活を丹念にたどりました。

「歴史ものを描ける自信はなかったんですが、やれば何とかなるもんだ」と笑います。

「すずの日常を通して“戦争がある暮らし”はどんなものか、私たちのお父さん、お母さん、おじいさんやおばあさんがどんなふうにこの時代を過ごしたのかを少しでも想像してもらえれば…」

各巻末に「間違っていたら教えて下さい 今のうちに」と記しています。

これを読みながら体験者にも話をしてもらえたら、心の中にあるものを私たちと共有できれば、との願いを込めました。

「しんぶん赤旗日曜版」2008年2月15日付の『ひと』欄 より

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下巻が発売されてから映画化される7年の間に、新たにわかった事実もあって、映画はそれを反映させている箇所もあるのだそうです。

過去の出来事(それが名状しがたい悲惨なものであったり、このことは「墓場まで持っていく」と約束したものであっても)を風化させないで語り継ぐ(告白して明らかにする)ことは、後世に対する責任のひとつの在り方なのかもしれません(勿論、それを受け止める後続世代の責任でもあります)。

(上中下巻、今のところ『逃げ恥』の隣りにあります。)


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今日の南アルプス(↓11:00撮影)。

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今日のストームグラス(↓)。

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オ・マ・ケ(↓三日坊主めくりカレンダー)。今日は「南極の日」だそう。

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