読むほどに胃袋が刺激される、美味垂涎エッセイ。
何気なく手に取った『焼き餃子と名画座』 平松洋子著(2009) 新潮文庫。
著者がカウンターに座って注文、後は配膳されるまでを眺めながらの記述(↓)。
-----------引用開始
カウンターの外から、一部始終を眺める。
ふわりと生パン粉をまぶされた厚い肉が、てらてら光って揺れるラード油の中へ滑り込む。
ずん、と爆ぜる重い音。
あわてず低温のなかでそのまま、触らずいじらず、こちらが心配するほど放置する。
三分も経ったころ、ようやくひっくり返されたその片面は、うっすら優しげなきつね色に染まっている。
ほう。
いつもながら泰然自若、おとなの風格を漂わせる揚がりっぷり。
やさしげなきつね色をまとった堂々たる体躯の肉のたたずまいに引きこまれて、視線がはずせない。
と、音が変わる。
鍋のなかの音に注意深く耳を傾けていると、油の跳ねる音が一転、さらりと軽やかに変化するタイミングがあり、そこを逃さずひと呼吸置かせたのち、いよいよ箸で引き上げる。
ここから先がまだある。
黄金に輝くとんかつが大急ぎで皿にのせられて運ばれてくると思えば、そのまま都合三十秒、網のうえで悠然とひとやすみ。
余熱なのだ。
ラードは融点が高いから、余熱がつよい。
その効果をつかい、じわ―っと熱を通しながら仕上げようというのだ。
耳を澄ますと網のうえでぴちぴち、軽快な音がステップを踏んでいる。
なかが一切見えない分厚いとんかつを、色と音だけ、つまり集中させた五官だけを頼りに揚げるうえ、いったん包丁を入れたらあと戻りはきかない。
待ってました。
満員のお客の脇をすり抜け、 一直線に突進してくるあの皿、あれは今度こそあたしの。
「はい、ロースカツ定食おまちどおさま~」
(前掲書より)
----------引用終了
このあと、平松さんがいただく様子を文字にされているわけですが、食レポと呼ぶには勿体ないくらいの臨場感。
「あぁ~、ロースカツ定食、食べたいなぁ~」と私も垂涎(状態)です。

「あとがき」で平松さんは、
いちばんうれしいのは、あてもなく散策するうちに見当をつけて入ったお店が思いのほか心地よくて、おいしくて、気もあって、また機会をこしらえてのんびり出かけたいなと思う、そういうときの味である。
と、記しています。
ポイントは「見当をつけて」という点だと思います。
自らのアンテナに「ピッピ!」とくるような電波をそのお店は発していて、自分はそれを受信できた。
だから、入ってみようとなる---この間合い、阿吽の呼吸?
当店も、そーゆー電波を発していたいモンです。

あっ、
平松さんが上に記していたお店、東京・新橋の「燕楽」は、既に閉店されているようです(残念)。

---

今日の南アルプス(↓11:00撮影)。朝からず~~~っと霧の中。
DSCN9735
今日のストームグラス(↓)。
DSCN9734