liddell coffee house リデルコーヒーハウス

【大切なお知らせ】2022年1月2日から、 次のように店の方針を変更しています。「 3名様以上の人数でのご来店は、お断りしています。」 つまり1~2人で、ご来店ください---ということです(3人以上で座れるお席はございません(_ _))。実際のところ、今は90%くらいが「おひとり様」のお客様です。

タグ:就職

今日のがっちりマンデー!!のテーマは「からくり生産ライン!」。

番組に登場したところはDENSOとマツダ。

一歩、1秒、1cmの工夫が積もり積もって、日本のモノづくりを支えているということがよ~~~~~くわかりました。

現場でなくちゃわからない、カイゼンのために必要な、「こうだったらいいのにぃ~」というリクエストに知恵を絞る、そしてそのリクエストに応える(=カイゼンに結びつけていく)力が備わっているかどうか、ナルホドと思うコトしきりの番組でした。

で、

思い出したのが、前回「熱帯林と資本主義の仕組み」について、その類似性を指摘していた木暮太一さんの次の文です。

-------------以下引用(強調BLOG主)

・・・・・「仕事を楽しもう」というセリフには、どうも納得できなかったのです。

なぜなら、仕事は仕事であって、遊びではないからです。

ゲームやデートをしているときの感覚が「楽しい」であって、仕事をしているときに同じような感覚になることは決してありませんでした。

そして、本来「楽しいこと」ではない仕事を「楽しめ!」と言われても、それは強がりにすぎず、意味がないのでは? と感じていました。

ところが、最近になってそうではないことに気がつきました。

「楽しむ」というのは言葉のあやであって、本来は「興味を持つ」という意味だったのです。

「楽しい仕事」というのは、「興味を持てる仕事」のことです。

そして、「仕事を楽しもう」というのは、「仕事に興味を持とう」ということです。

そう考えると、すべてしっくりきます。

楽しそうに仕事をしている人は、仕事をゲームのように楽しんでいるというより、仕事に興味を持っています。

「このクライアントは、どういう課題を持っているのだろう?」

「他社の商品は、なぜあれほど売れているのだろう? どこが評価されているのだろう?」

「クレーマーにはどう対応すれば、スムーズに解決できるのだろう?」

扱う商品が変わっても、同じように興味を持って仕事をしています。

一方、「仕事がつまらない」と言っている人は、仕事に興味を持っていません。

まったく同じ仕事をしているのに、

「クライアントの課題なんて、知らないよ。注文されたものを納品すればいいんでしよ」

「他社の商品なんてどうでもいい。担当している商品が問題なく売れて、怒られなければそれでいい」

「クレーマーとは一切かかわりたくない!」

この意識の差が、その仕事を「面白い仕事」にするか「つまらない仕事」にするかの差になるのです。

『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』 木暮太一著(2012) 星海社新書

-------------引用終了

今日の午前中、コーヒー豆の焙煎をしました(お昼からの営業でも、店内にはそのニオイ(香り)が残っています。どうもすみません)。

手回しロースターをただただ回し続けるという単純作業なんですが、

0.混合焙煎時のブレンド比率

1.火加減

2.回転スピード

3.今日の気温と湿度

4.はぜる音の微妙な違い(変化)と焙煎時間

5.焙煎した後の冷やし方の工夫

等々、あ~でもない、こ~でもないとカイゼンの余地があっちにも、こっちにも。

だから、オモシロイんでしょうね。

これを、「回して、焼けたらいいんでしょ」程度にとしか捉えていなかったら、いいものは生まれない。

この場合も「おいしいコーヒーに興味がある」という点で、木暮氏のいう「仕事に興味を持つ」括りの共通項に入っていますo(^-^)。

「そのためには、次はこうしてみよう、ああしてみよう。」

そーゆーことが「楽しみ」に感じられる → お客様の反応も良好 ---だったら、もっとよし。

まだまだ、ですね。

-------------

今日の南アルプス(↓11:00撮影)。快晴、「お外」の席もご用意済み。

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今日のストームグラス(↓)。

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「知性の3段階」論(環境順応型知性・自己主導型知性・自己変容型知性)で有名なロバート・ギーガン博士。

以前、インタビューで示唆に富む発言をされていました。

-------------以下引用

アインシュタインは、「人類は明日の問題解決を、その問題を創造したのと同じ知性では解決できない」と言いました。

つまり、もっと人類を十分に長く存続させるためには、新しくてもう一段レベルの高い知性を開発しなければいけないのです。

そうした知性を備えている人を少しでも多く育てなければいけないのです。

-------------引用終了

人生の先行者が後続してくる世代に対して、どーゆーふーに接していかなければならないのか?

特に高等教育の現場では、「縮小再生産」的なことを避けなければなりません。

自らよりも数段高い知性を秘めている「宝」を見つけ出し、磨いて、輝かせていく。

それが先行世代の負うべき責務というものなのでしょう。

ただ、そーゆー世代は、自分の地位を築いた「成功体験」があって、その扱いが難しい。

それについても、ギーガン博士は、

「自分がこれまで携わってきた仕事における成功体験がそのまま自己尊重感につながり、自分の価値基準になっていて、そこから距離を置くことが恐怖につながっていたのです。

そのような固定観念や気持ちが、自分自身も気付かない「裏の目標」――例えば他人に依存せず万能でありたい、自分の影響力を行使したい、弱みを見せたくないなど――を突き動かすことになってしまい、昇進して変わる必要性が分かっていてもなかなか変われない、変革を阻む「免疫機能」になっているのです。」

と指摘しています。

アカデミックの世界でもビジネスの世界でも、自らの内にはどんな免疫機能があるのだろう?

そんな自問自答ができて、ちゃんと自分の免疫機能がわかっていれば、多少は違ってくるのではないでしょうか----自己変容型知性に近づくことができる)。

難しいですけど、ね。

-------------

今日の南アルプス(↓11:00撮影)。昨日の飯田は最高気温が24℃超。今日はそれほどでもありません。

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今日のストームグラス(↓)。天気が悪いのに、ガラスの中は・・・・・・。

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一昨日の池田先生の続き(!?)です(テーマは違うけど)。

今年度もスタートし、入社式・入学式がここ数日、続いたみたいですね(今日入学式のところもあるのだとか。土曜日なのに・・・)。

で、

企業各社も自社の将来を託せるような「幹部候補生」に求めるものは、やっぱりその人財がもっているであろうポテンシャル。

それは、どこでどーしたら育むことができるのか、やはり「大学」でのようです。

-------------以下引用(強調BLOG主)

企業は、幹部候補生の新卒採用では「ポテンシャルの高い人材」が欲しいのです。

それは、いろんな意味で「基礎力」に長じた若者のことであり、それに当該する新卒者であれば、入社後の社内教育で、一年もすれば十分に「戦力」になり得るのです。

そしてその後も、順調に実力を伸ばしていくはずです。

即戦力を養うのは簡単ですが、基礎力を養うのは時間がかかる。

だからこそ、大学では「基礎力」を養うべきなのです。

では、企業が重視する「基礎力」とは、どういったものなのか。

今の時代でしたら「情報リテラシー」がその代表格で、インターネットを通じた情報収集力が具体的なスキルとし
て挙げられます。

もっとも、情報収集を表面的にやれてもほとんど意味はない。

「有用情報」の選出が重要で、それには、ネット上に漂う、無数のジャンク情報を退けて、使用に耐え得るものを見分ける“嗅覚”が不可欠となります。

これはある程度以上の教養がないとできません。

しかしこれとても、どちらかというと瑣末なスキルで、本当の基礎力は構想力でしょうね。

不確定な未来において、どんな企業戦略が必要かを見る目は深い教養から養われるのであって、瑣末な技術的スキルによって身につくものではないと思います。

大学では教養教育こそが重要だと考える所以です。

-------------引用終了

入社したときは横一線に見えたとしても、それは錯覚です。

ちゃんと「線」が引かれていて、「ソルジャー」の人もいるし、「幹部候補生」の人もいるし・・・・・。

教養に裏打ちされた構想力や技術的なスキルを求められない「ソルジャー」の人でも、先日の藤沢久美さんの指摘の通り、

何よりも、職場は最高の学びの場であることを知った。

これさえわかっていて、実践していけば、大丈夫(でしょ、たぶん)。

そーそー、教養ということでいえば、別のコラムで池田先生は、

あるテーマについて、何力月もの間、いや、場合によっては何年もの間、考え込んでいると、ある日突然、ぱっと霧が晴れたように「答え」が得られる瞬間かある。

それは「腑に落ちる」ということなんてすが、そのためにはバックグラウンドの教養が必要なのだと思う。

今の人たちはそれを自分でやるのが面倒だから、ハウツー本を読むのでしょう。

従ってハウツー本をたくさん読んで、それだけで満足している人の場合、その本人は気がついていないと思うけど実は自分でものごとを考えていないように思う。

それは、ややもすれば「俯に落ちる」という”快感”を知らないまま人生を終えるということだから、ずいぶん寂しい話です。

ともおっしゃっておりまして、はたして今の自分、「腑に落ちる」快感って、そーゆーことって最近あっただろうかと、自問

-------------

今日の南アルプス(↓11:00撮影)。週末は天気悪い---という予報だったはずだが、いまのところは良好。

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今日のストームグラス(↓)。

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日経WOMAN3月号~5月号にかけての巻頭コラム「妹たちへ」には、藤沢久美さんが登場しています。

その第1回目(3月号)、彼女が最初に就職した会社で1年目~2年目をどういう姿勢で過ごしたら、どんなふうに自分と周囲(や顧客)が変わったのかを述べています。

参考になるんですね、これを読んだオジサンも・・・・・・。

-------------以下引用(強調BLOG主)

今思えば、あの先輩がいなかったら、今の自分はなかったかもしれないと思う。

毎日、嫌だと思っていても何も始まらない。

とにかく1年頑張ってみようと思えたのも、先輩のおかげだったかもしれない。

そうして、ある日を境に、仕事に対して予習復習をするようになった。

その日に分からなかった言葉などをノートに記録し、自宅で本を読んでノートにまとめた。

証券六法という証券に関する法律や投資信託に関する諸規則集も、何度も読んだ。

証券会社などからの税金などに関する問い合わせについても、自分で答えられるように、証券税制の通信教育を受けたりして勉強した。

一年が過ぎた頃には、落ちこぼれの新人社員だった私にも、少し自信がついた。

いろんな人が、私を指名して、法律について問い合わせしてくれるようになった。

「社会人というのは面白い」と思うようになった。

大学までは、勉強しても試験以外でその効果を実感することはなかったけれど、社会人になると、勉強したことがすぐに使える。

勉強が面白くなった。

そして同時に、社会人になると勉強しない人も多いことを痛感した。

社会人になってからこそ、勉強すれば活躍できる。

そんな気持ちが湧いてきた。

(中略)

こんなふうに、動いては頭を打ちながら、いろんな人たちに教えてもらって新入社員時代を送った。

私は、この新卒で入社した国際投信委託株式会社(現・国際投信投資顧問株式会社)が、今の私のすべての土台になっていると思う。

チャンスは自分で掴みに行くこと。

動けば必ず次への道が見つかること。

そして何よりも、職場は最高の学びの場であることを知った。

感謝の言葉をいくら重ねても足りないくらい、多くのことに気づき、学ばせてもらった。


-------------引用終了

一年経ったのだから自分がよきメンターとなっているだろうか?

職場には自分にとってのよきメンターがいるのだろうか?

こーゆー存在は、その職場の雰囲気を左右するようです。

というのも、

「あなたの職場には、尊敬できる先輩や上司がいますか?」

というフレッシュマンに対しての問いに

「複数いる」

と答えた人が多い職場では、離職率が低いのだとか。

自分の力と周囲の支援で人は育つ---ということか?


-------------

今日の南アルプス(↓11:00撮影)。いい天気で、現在布団干し中。飯田の予想最高気温は22℃。

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今日のストームグラス(↓)。それなりに、グラスの中は「落ち着いて」います。

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こーゆー(↓)時代は、古き良き時代だったんでしょうか?---わたしはそー思わないんですけどね。

ただ、「古き良き時代」と、そー思っているのは、それで家庭を支えてもらっていた男性でしょう。

-------------以下引用

仕事ができない女


職場でお荷物


お局様に、早く嫁にでも行けばいいのにと思われる


でも男性社員の間では、コイツってオレがいないと何もできない女子--そんなポジションを確立


これって、お嫁さんにしたいオーラが出ている?


気がつけば、仕事以外の雑用で、家庭的なお嫁さんポイントゲット


結婚したい女性に急浮上


隙があって、誘いやすく、守ってやりたいモテ子に昇格


男、ゲット


見事に寿退社


結果、仕事ができないふりして大成功!


『女のしくじり』 ゴマブッ子著(2009) ヴィレッジブックス刊


-------------引用終了

平成20年代の今、どーなっているのかというと、

『夫婦格差社会』 橘木俊詔・迫田さやか著(2013) 中公新書

では、「夫の所得と無関係に働くようになった妻の影響力の大きさによって、パワーカップルとウィークカップルとに二極化している」のだそうです。

そんな結婚の状況を、データを根拠に指摘しています。

「数字」から見えてくることは全体の傾向ですが、結婚はあくまでパーソナルなことで完結していることだし、そこで「よしとする」判断ができるのであれば、端からとやかく言われる所以は特になさそうです。

「政策」としてどーにかせにゃならんという立場の人にとっては、データは必須ですが・・・・・。

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今日の南アルプス(↓11:00撮影)。

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今日のストームグラス(↓)。青空なのに・・・・・・。

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日経WOMANの読者に多い悩みのようです。

2014年5月号、見開き2ページでタイトルのような内容を池上彰さんへ質問していました(↓)。

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彼の答は、赤○の中(↓)。

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こーゆーのって、「自分探し教」という新興宗教のようなものだし、「自分探しの森」に迷い込んだ赤ずきんちゃんみたいなものだと私は勝手に思っているんですが、当事者としては、さらさらそんなふうにはみえないもの・思えないものらしい。

池上さん曰く

「『仕事がつまらない』と決めつける前に、その仕事の意味を見つけ出すこと。自分の会社は、一体どんなことをしているのか。自分の仕事には、どんな意味があるのか。仕事の目的やゴールをきちんと見据えた上で働けば、仕事を無駄なく進めることができるし、力を付けていくこともできる。そうすると、今よりももっと面白く、効率的に、やりがいを持って働ける」


で、

池上さんも、疲れたなって思ったときにはひたすら眠ったり・・・・・・・・

そのあと上の画像の青○部分(↓)。

「くたびれたら、自分だけの隠れ場所に、ちょっと避難してみることをおすすめします。」

とありますo(^-^)

アジール(*)を標榜している当店店主としては、勝手に「そーそー、そーなんですよ!」と得心。

(* ここでは「避難所」という意味。決して「聖域」などとは思っておりません、念のため。)


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今日の南アルプス(↓11:00撮影)。今朝は冷えました、飯田の最低気温-8.1℃。

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↑赤石岳(右)アップ。

今朝の寒さランキングは、次の通り(↓)。

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並み居る北海道勢を抑えて、野辺山が日本一寒かった!!!

これだけ青空なんだけど、今日のストームグラス(↓)は、こんな感じ。明日また天候が崩れてくるからか???

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(昨日の続き?--です。)

佐々木倫子(ささきのりこ)という名前を初めて聞いたのは、かれこれ・・・・・う~んどれくらい前だろう?

前職でのこと。

予備校の先生が、「昨年、学部別の志願者増減率で異変がありましてねぇ~。」

「極端に増えた学部があるんです、どこかわかりますか?」

「それが、獣医学部なんです(゜Д゜)。」

「理由は、たぶん『動物のお医者さん』の所為ではないかと思うんですね。」

「あっ、これは『花とゆめ』という少女漫画誌に連載されている獣医学部を舞台にした漫画で、その影響があったのではないかと分析しています。」

「ただ、全国的にみても獣医学部がある大学は少ないので、志願者の変化が増減率にすると大きく動くことになるんですけど、ね。」

私、「へぇ~~~。」

この時初めて、佐々木倫子さんの名前を知ることになった(でも、当時は書店でぱらぱら見ただけで、購入はしていません)。

(wikiせんせいによれば、『動物のお医者さん』は累計2000万部を超える大ヒット作品l---とあります。)

そんな作品を持つ佐々木倫子さんの『チャンネルはそのまま!』(↓これは購入済み。「赤棚」に置いてあります)

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第1巻第1話から「バカ枠」なる言葉が登場し、その枠で主人公・雪丸花子が北海道☆(ほし)テレビ(HHTV)の入社が決定---それから始まる地方局を舞台にしたコメディ漫画。

でもね、これ組織論としても読める気がします。

「バカ枠」とその世話をする世話係(通称:バカ係若しくはプチプチ→周囲とのクッション材という意味)、そして雪丸花子を取り巻くHHTV社員の群像劇と読めなくもない。

「バカ枠」の効用は、たぶんココ(↓)に表れているんだろうと思う。

-------------以下引用

バカは空気を読まず

無駄な動きをする

それ自体は

なにも生まないが

周囲の人々に

思いがけない

気づきを

うながす

『チャンネルはそのまま!』 第6巻 第36話 HHTV 佐々木倫子著(2013) 小学館刊(ビッグスピリッツコミックススペシャル)

-------------引用終了

これって、昨日の池上彰氏と川上量生氏の対談で出てくる、組織における多様性の大切さ--と似てる?

プチプチ役の山根くんと城ヶ崎編成局長が読んでいる本が、


というのも示唆に富んでるなぁ。

企業はその組織維持のため人材に公平性なんて求めていないから、余裕があればこーゆー人事(採用)ができるんでしょうね、きっと。


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今日の南アルプス(↓11:00撮影)。朝から天気がいいです、下伊那地域は(同じ県内でも「飯山以北山沿い」地方は大雪警報発令中---って、FMで言ってました)。

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南アルプスと手前の伊那山地も雪景色(↓)。

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かく言う当店の駐車場に止めてあった愛車CR-Zも今朝は・・・・(↓10cm以上は積もったらしい)。

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駐車場はちゃんと雪かきしました(↓)。今はもう溶けてぐちゃぐちゃですので、お足元に気をつけてご来店ください。

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今日のストームグラス(↓)。

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『銀翼のイカロス』 池井戸潤著(2014) ダイヤモンド社刊 を図書館ネットで予約したのが、数ヶ月前。
私の順番は28番目だったので、気長に待つことにしました。

同時に『ロスジェネの逆襲』も検索してみると、こちらはいつでもすぐに借りられそうです(出版が2012年で貸し出し予約のピークはもう過ぎたらしい)。

ようやく「予約確保」の知らせが来たので、借りてきました(↓)。

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テレビの最終回はあんな幕切れで、東京セントラル証券へと出向することになった半沢直樹の「その後」を描いた上記の2冊、まとめ読みです。

2冊にわたって半沢直樹の活躍が描かれた、「胸のすくエンターテイメント企業小説」です(私は行員経験がないので、実際はどうなのか、詳しいところは知りませんケド)。

そんな中、『ロスジェネの逆襲』で半沢直樹が団塊世代をどう思っているのか、語っている場面があります。

-------------以下引用

「オレたちは新人類って呼ばれてた。

そう呼んでたのは、団塊の世代といわれている連中でね。

世代論でいえば、その団塊の世代がバブルを作って崩壊させた張本人かも知れない。

いい学校を出ていい会社に入れば安泰だというのは、いわば団塊の世代までの価値観、尺度で、彼等がそれを形骸化させた。

実際に彼等は、会社にいわれるまま持ち株会なんてのに入って自社株を買い続け、家を買うときには値上りしたその株を売却して頭金にできたわけだ。

バブル世代にとって、団塊の世代は、はっきりいって敵役でね。

君たちがバブル世代を疎んじているように、オレたちは団塊の世代が鬱陶しくてたまらないわけだ。

だけど、団塊世代の社員だからといって、全ての人間が信用できないかというと、そんなことはない。

逆に就職氷河期の社員だからといって、全て優秀かといえば、それも違う。

結局、世代論なんてのは根拠がないってことさ。

上が悪いからと腹を立てたところで、惨めになるのは自分だけだ」

 「部長はどう考えてたんですか。組織とか会社とか」

 「オレはずっと戦ってきた」

半沢はこたえた。

「世の中と戦うというと闇雲な話にきこえるが、組織と戦うということは要するに目に見える人間と戦うということなんだよ。

それならオレにもできる。

間違っていると思うことはとことん間違っているといってきたし、何度も議論で相手を打ち負かしてきた。

どんな世代でも、会社という組織にあぐらを掻いている奴は敵だ。

内向きの発想で人事にうつつを抜かし、往々にして本来の目的を見失う。

そういう奴らが会社を腐らせる」

 「諸田次長のようにですか」

 「その通り」

-------------引用終了

バブルの恩恵のない仕事に従事してきた身(あっ、私のことです)としては、「逃げ切り」体勢に入っている世代(=団塊)を半沢直樹と同じようにみているフシがあります。

(バブル期に人事院勧告で、多少はイロがついたのかもしれないけど、質素なモンですよ。)

バブル期の様相を「勘違いしたビンボー人のお祭り」だと思っている私としては、「もう、いいです。」が実感。

で、

下の世代、ロスジェネ(Lost Generation)を半沢直樹がどう見ているのかというと、これ、暖かい視線なんです(↓)。

-------------以下引用(長いですぜ)

 半沢はいった。「世の中を儚み、文句をいったり腐してみたりする---。

でもそんなことは誰にだってできる。

お前は知らないかも知れないが、いつの世にも、世の中に文句ばっかりいってる奴は大勢いるんだ。

だけど、果たしてそれになんの意味がある。

たとえばお前たちが虐げられた世代なら、どうすればそういう世代が二度と出てこないようになるのか、その答えを探すべきなんじゃないか」

 半沢は続ける。「あと十年もすれば、お前たちは社会の真の担い手になる。

そのとき、世の中の在り方に疑問を抱いてきた君たちだからこそ、できる改革があると思う。

そのときこそ、お前たちロスジェネ世代が、社会や組織に自分たちの真の存在意義を認めさせるときだと思うね。

オレたちバブル世代は既存の仕組みに乗っかる形で社会に出た。

好景気だったが故に、世の中に対する疑問や不信感というものがまるでなかった。

つまり、上の世代が作り上げた仕組みになんの抵抗も感じず、素直に取り込まれたわけだ。

だがそれは間違っていた。

そして間違っていたと気付いたときには、もうどうすることもできない状況に置かれ、追い詰められていた」

 半沢は、少し遠い目をして、嘆息した。

「だが、お前たちは違う。

お前たちには、社会に対する疑問や反感という、我々の世代にはないフィルターがあり根強い問題意識があるはずだ。

世の中を変えていけるとすれば、お前たちの世代なんだよ。

失われた十年に世の中に出た者だけが、あるいは、さらにその下の世代が、これからの十年で世の中を変える資格が得られるのかも知れない。

ロスジェネの逆襲がこれからはじまるとオレは期待している。

だが、世の中に受け入れられるためには批判だけじゃだめだ。誰もが納得する答えが要る」

 「誰もが納得する答え……」

 森山は、それを口の中で幾度も繰り返した。

 「批判はもう十分だ。お前たちのビジョンを示してほしい。

なぜ、団塊の世代が間違ったのか、なぜバブル世代がダメなのか。

果たしてどんな世の中にすれば、みんなが納得して幸せになれるのか? 

会社の組織も含め、お前たちはそういう枠組みが作れるはずだ」

 「部長にはあるんですか」

 森山はきいた。

「こうすればいいという枠組みを、部長はお持ちなんですか」

 「枠組みといえるほどのものはない。あるのは信念だけだ」

 半沢はいった。「だが、それはあくまでバブル世代の、いやもっといえばオレ個人の発想に過ぎない。

しかし、オレはそれが正しいと信じてるし、そのためにいままで戦ってきた」

  「もしよかったら教えてもらえませんか」

 森山は問うた。「それはどんな信念なんでしょうか」

 「簡単なことさ。正しいことを正しいといえること。

世の中の常識と組織の常識を一致させること。

ただ、それだけのことだ。

ひたむきで誠実に働いた者がきちんと評価される。

そんな当たり前のことさえ、いまの組織はできていない。だからダメなんだ」

 「原因はなんだとお考えですか」

 森山はさらにきいた。

 「自分のために仕事をしているからだ」

 半沢の答えは明確だった。

「仕事は客のためにするもんだ。ひいては世の中のためにする。

その大原則を忘れたとき、人は自分のためだけに仕事をするようになる。

自分のためにした仕事は内向きで、卑屈で、身勝手な都合で醜く歪んでいく。

そういう連中が増えれば、当然組織も腐っていく。

組織が腐れば、世の中も腐る。わかるか?」

 真顔でうなずいた森山の肩を、半沢は微かに笑ってぽんとひとつ叩いた。

「結果的に就職氷河期を招いた馬鹿げたバブルは、自分たちのためだけに仕事をした連中が作り上げたものなんだよ。

顧客不在のマネーゲームが、世の中を腐らせた。

お前らがまずやるべきことは、ひたすら原則に立ち返り、それを忘れないようにすることだと思う。

とはいえ、これはあくまでバブル世代であるオレの仮説であって、きっとお前はもっと的確な答えを見つけるはずだ。

いつの日か、それをオレに話してくれるのを楽しみにしている」

-------------引用終了

著者が、半沢直樹をして語らしむ---といったところでしょうか。

世代論でラベリングするとわかりやすく見えてくることが多いんですが、同時に「個人」をしっかりと見なくなる。

それはどの世代に属している人に対しても同じで、フィルターなしでちゃんとその「本人」を見ること。

半沢直樹はそれを実践しているんですね。


あんまり小説って読まないんだけど、エンターテイメント小説からもインスパイアされることって、あっちにも、こっちにもゴロゴロ・・・・・・。

結果、勉強になりました。

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今日の南アルプス(↓11:00撮影)。今朝~10時過ぎまで霧の中だったんですが、晴れました!

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今日のストームグラス(↓)。

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「ジャズ・ジャパン」2014年08月号の企画「ジャズ好きクリエーターを訪ねて」の第1回目。

蓮井幹生氏がインタビューに答えて、次のような指摘をしていました。

-------------以下引用(強調BLOG主)

仕事っていうのは,社会から責任を負わされるもの。

その責任を負って,自分がその社会の中で,その責任をどう果たすか,というのが仕事。

そこに収入という副産物がついてくるか,ついてこないかは別問題。

芸術作品を作っている人も,芸術的な音楽を創っている人も,スタジオ・ミュージシャンをやっている人も,社会的任務からするとどちらも同じ。

同じ価値がある。

そこで問題なのは今の日本の社会が音楽に対してちゃんとバリューをつけていないこと。

音楽産業や技術産業は,数学とか,理科とか,物理とかの社会にはない感覚的な評価に基づく分野。

具体化できない価値観は今の日本はないがしろにされています。

例えば作品が売れるとか,こういう写真が1枚何万円かで売れる,そういう売る場所がある,買う人がいる。

芸術的な音楽創作でもCDが作れる,売れる,もしくはコンサートをやって収益が上げられる。

そういうふうな環境をもっと作っていかないと,単に若い人が、仕事をすることが、お金を得られるか,得られないか,僕の本当にやりたい音楽はお金を得られないから,それを諦めざるをえない…そういうふうにお金に左右されてしまって,本来その人が負うべき責任を放棄しなくてはならなくなっている社会は,凄く未熟だと思います。

日本の今の社会は未熟で写真家も育たないし,音楽家もなかなか育たない。

切れてる人は海外を目指し逆輸入で日本に凱旋する。

悲しいですね。

-------------引用終了

蓮井幹生氏はカメラマンとして有名で、各種のコマーシャル広告も手がけています。

「現場」において若くて将来性のありそうな人々が、上記のような理由で去っていく姿をたくさん見てきたのでしょう。

豊かになった日本はすでに成熟社会だと認識している人もいますが、いやいやどうして職業選択に関しては、まだまだ「そー」でもありません。

親世代からの次の一言に象徴されています。

「それでどうやって食べていくわけ?」

理解のある親は、

「○○歳までは、好きなようにしていいが、それでもだめだったら、わかってるな(念押し)。」

そーゆー会話は、日本各地の家庭で交わされてきたことでしょう。

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今日の南アルプス(↓11:00撮影)。

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今日のストームグラス(↓)。

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今日は171年ぶりの十三夜(名月)なのだそうですが、どうも雲行きが怪しい。幸い、昨日撮っておきました(↓16:52撮影)。東の空の夕焼けもきれいだったなぁ。

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古市憲寿氏と仲暁子氏の対談(日経ビジネスより)。

古市氏は2011年の著書『絶望の国の幸福な若者たち』により、若者世代を代表する社会学者として、いまやメディアで引っ張りだこ。

仲氏は、ウォンテッドリー 代表取締役CEO。フェイスブックを利用した「人と仕事をつなげる」会社です。詳細はこちら(↓)。

-------------以下引用

古市:どういう人脈を持つと、そういったエンジェル投資家と出会えるんですか。

いろんな人に「こういうことをやりたい。誰か投資してくれる人はいないでしょうか」と話して歩いたんですか?

:先輩起業家に聞くと、結構つなげてもらえるんですよ。

コミュニティがありますから、そこで相談する。

古市:その先輩起業家や投資をしてくれるような起業家のコミュニティとは、どうつながったんですか。

:うーん、どんなふうに広げていったんだろう…。

ホームパーティや飲み会ですね。起業家コミュニティ、という感じでもなく。

古市:たまたま仲良くなった人が起業したり、会社を経営していたりして、相談にも乗ってもらって、人脈が自然に広がった、ということですか。

:そうですね。2011年の頭に自分でサービスを作ろうと思い立ったはいいけれど、エンジニアがいなかったので、友だちのエンジニアに夜と土日だけ手伝ってもらって。

-------------引用終了

そもそも「社会関係資本」、平たくいうと友人関係であったり、人脈・・・・・、ですね。

スタートから、「なんか違ってる!」と思うような発言は、次の加藤ミリヤ氏(あの歌手の、ね)からも伺えます。

「ちょっとした才能の片鱗みたいなのが見えたら、それを確かめたいというか。幸い、それを実現させてもらえる、面白いと思ってくれる人が周りにいるっていうのがラッキーな事なんですけど、それを活かしたいなというか、自分自身を最大限に使って表現はまだあるかなと思ってます。まだ自分で自分のことがわかってないからいろんな事をやりたいって思うのかなと思います。・・・・・・。」

これらが、プラスのスパイラルだとすると、

『無業社会 働くことができない若者たちの未来』 工藤啓・西田亮介共著(2014) 朝日新書

を著した工藤氏の次の発言(これも日経ビジネス)は、マイナスのスパイラルで「沈んでいく若者たち」の現実をあぶり出しています。

-------------以下引用

ときおり、若者から「ハローワークって何?」と聞かれることがあります。

「無料で職業を紹介してくれる場所だよ」と説明しても「そんな場所があるのか」と、最初は信じてもらえない。

そうした基本的な社会の仕組みを教えてくれる人たちが彼らの周りにいなかったためです。

人と人との結びつきで情報などを得られる「関係資本」が希薄なのですね。

友人や知人といった、社会との接点が極端に少ない若者は本当に大変です。

参加したくても地域社会の活動に入れません。自分の身の回りの世界だけに閉じこもって暮らすしかない。

そんな状況では、私たちも含め誰も助けることができない。その若者が存在していることすら分からないからです。

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働くことのできない若者が国内に220万人も存在しているという(失業者を含む15~39歳まで)。

病気や怪我でやむを得ない人もいるのだろうけれど、社会と接点がなく「ヒッキー」化して、この統計対象(~39歳まで。内閣府や厚生労働省は、15~34歳の非労働力人口のうち、通学、家事を行っていない者を「若年無業者」と定義付け)からはずれたら(=40歳以上になったら)、もう数字にも表れない存在と化してしまう。

外国人労働者へ門戸を開く(特に単純労働分野)ことも喫緊の課題だけれど、国内には220万人もの若年無業者がいること、そっちの方に先に光を当てた方がよろしいのではないかと・・・・・・(厚生労働省の仕事って、これから増えていくことばかりです。それも解決が難しい難問ばかり)。

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今日の南アルプス(↓11:00撮影)。雨は上がりました。雲がきれいにたなびいています。

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今日のストームグラス(↓)。空模様との関係をどう解釈していいものか?????

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